山下〜松原間の線路沿いにある神社が六所神社です。六所神社は1584年に府中の六所宮(現:大国魂神社)を遷宮したのが始まりで、それ以前は吉良氏が戦国時代に北方の守備のために設置した赤堤砦があったと伝えられていますが、この砦は現在の善性寺にあったという説もあり、定かではありません。なお、この砦が、赤土が出る砦(堤)として赤堤の地名の由来となっています。境内の横を世田谷線が横切りますが、昭和29年まで神社の目の前に六所神社前駅が設置されており、現在でも線路の横に当時のホームのコンクリート基礎が残されており、当時の面影をしのぶことが出来ます。
『がんばれぼくらの世田谷線』さんより
世田谷城の北わずか1kmの地点、六所神社の鎮座する場所に世田谷吉良氏の砦があったと伝えられています。(世田谷4丁目の勝国寺を砦山と呼び、そちらが赤堤城址とする説もあります)周辺は全くの平地に見えますが、北に向かって次第に高くなってゆく地形で、かっては南方の見通しも利いたと思われ砦を構えたこともうなずけます。また、神社の麓には西から南に目黒川が流れ城の要害になっていたようです。世田谷城の北方の守りとして支城が築かれていたものでしょう。世田谷吉良氏の支城は赤堤のほかに、三宿、奥沢、があったようです。城址に遺構らしきものは確認できません。赤堤という珍しい地名は赤土手の堤を由来にしていると伝えられています。 さんより
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