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 豪徳寺|世田谷の観光スポット

 管理人が自ら探訪した豪徳寺|世田谷の観光スポットを紹介します

世田谷見聞録 代官屋敷

 豪徳寺について


京都世田谷区豪徳寺2-24
■大谿山豪徳寺の説明板(世田谷区教育委員会)安政の大獄で尊皇攘夷派の政敵を弾圧し、その反発を受けて万延元年(1860)桜田門外の変にて暗殺された大老・井伊直弼の墓が、世田谷の豪徳寺にある。皮肉にも安政の大獄で処刑された吉田松陰とその同志の墓もほど近い松陰神社にあり、「歴史探訪ウォーキングツアー」と言った感じの年配のグループが墓前の説明板を熱心に見たり、リーダーらしき人の講釈に耳を傾けていた。 江戸時代の世田谷は彦根藩の所領であったが、豪徳寺はその彦根藩の菩提寺である。歴代藩主の墓がならぶ墓所の入り口に建てられた石灯籠には明治三十六年一月九日舊彦根藩同志謹獻忠正公墓前と彫られていた。なぜ彦根ではなく江戸に墓所を持っているのか、ちょっと不思議な感じがする。梅を期待して出かけたのだが、境内では楓としだれ桜の木がまだ寒そうに枝を広げているばかりだった。それぞれが色づく頃は見応えがありそうだ。一帯は戦国時代にこの地を治めた吉良氏の居城の跡で、隣接する世田谷城阯公園でその遺構の一部を見ることができる。

■井伊直弼墓の説明板(世田谷区教育委員会)
井伊直弼(1815〜60)は彦根藩主直中の子で、兄を継ぎ藩主となり、ついで嘉永三年(1850)四月大老になる。勅許を待たず日米修好通商条約など安政五ヶ国条約に調印。また十三代将軍家定の後継者を慶福(のちの家茂)に決定し、反対派の一橋慶喜らを抑えるという強い政策を実施。さらに安政の大獄を断行するに及んで、常に暗殺の危険にさらされ、遂に安政七年三月、江戸城外桜田門外において、水戸・薩摩の浪士らに暗殺された。
世田谷郷は井伊家領であり、直弼は豪徳寺に埋葬された。
墓石の高さは三四二センチ、正面に「宗観院殿正四位上前羽林中郎将柳暁覚翁大居士」とある。
将柳暁覚翁大居士」とある。
・招猫殿の猫観音像の製作者はこちら→こちら勢山社

 豪徳寺の写真

豪徳寺参道 豪徳寺参道 豪徳寺:井伊直弼の石碑


壁雲関:総門 豪香炉と木立の
奥の本堂
建設中の三重塔
2005/10完成予定


境内:香炉 梵鐘堂 本堂
境内:ヒノキの巨木 境内:右手に招猫殿
、正面がお墓
招猫殿
招猫殿の招き猫 境内:石像 木立からのお墓
境内:井伊直弼の墓標 井伊直弼の墓標の説明 境内:石仏

境内:石仏 招猫殿の門  
招猫殿の境内:
非常用の井戸
境内:立派な赤松 豪徳寺の傍にあるお店
招き猫の置物を販売

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